【プレスリリース】カゴメ格子超伝導を担う電子軌道を解明 — 放射光を用いた先端電子計測で照らし出す —お知らせ
発表のポイント
- 昨年のノーベル物理学賞でも注目された、特別な三角形・六角形の金属結晶格子(カゴメ格子)の電子状態を先端放射光技術で観察
- バナジウムとアンチモンが協力し、超伝導状態になることを発見
- 超伝導が起きる仕組みの完全解明に手掛かり
概要
カゴメ格子(注1)の「カゴメ」とは「籠目」のことで、三角形や六角形からできる結晶格子で伏見康治博士が命名したことでも知られています。このカゴメ格子を持つ物質は、特殊な電子構造や強い幾何学的フラストレーション(注2)を示します。フラストレーションはパリージ博士が昨年のノーベル物理学賞を受賞するきっかけにもなった興味深い性質で、様々な新規物性を引き起こす源として期待されます。特に、最近発見されたカゴメ格子金属CsV3Sb5(セシウムバナジウムアンチモニド)(注4)において、カゴメ格子では稀有な超伝導(注5)をはじめ、高温超伝導体と類似する対称性の低下など、特異な性質が次々と明らかになっています。しかしながら、これらの性質が生じる仕組みは未解明でした。東北大学 大学院理学研究科の加藤 剛臣 大学院生、中山 耕輔 助教、材料科学高等研究所(WPI-AIMR)の佐藤 宇史 教授、多元物質科学研究所の組頭 広志 教授、分子科学研究所の松井 文彦 教授、高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所の北村 未歩 助教、量子科学技術研究開発機構の堀場 弘司 上席研究員、北京理工大学の国際共同研究グループは、CsV3Sb5の電子構造について放射光を用いた先端分光測定によって調べました。その結果、これまで提案されている超伝導機構のモデルはVの電子だけを考慮したものがほとんどであったのに対して、V電子とSb電子が協力しながら超伝導を実現していることが明らかになりました。この成果は、超伝導機構の解明とより高い温度で超伝導になる物質の設計に重要な指針を与えるものです。
本研究成果は、米国物理学会誌Physical Review Lettersのオンライン版2022年11月10日号で公開されました。
詳細な説明
近年、既存の材料にはない革新的な性質を実現する鍵として、結晶構造の対称性に注目が集まっています。代表的な例として、次世代超高速電子デバイスなどへの応用が進められているグラフェン(注6)では、蜂の巣状の結晶対称性が特異な電子構造(ディラックコーン)を生み出し、それが優れた電気的性質を実現しています。本研究の対象であるカゴメ格子(図1(a))は、三角形が頂点を共有して周期的に配列した結晶対称性を有します。この特殊な幾何学的対称性は、グラフェンと類似する特異な電子構造の形成に加えて、カゴメ格子特有の強いフラストレーションを生じさせ、様々な量子現象を引き起こすことが理論的に予言されていました。これまで知られていたカゴメ格子物質のほとんどは絶縁体でしたが、ここ数年でカゴメ格子を持つ金属が徐々に発見されてきたことで、カゴメ格子物質の電子物性に着目した研究が世界中で急激に進展しています。なかでもCsV3Sb5(図1(b))は、カゴメ格子では珍しい、超伝導をおよそマイナス270℃(絶対温度3 K)で示すことが2020年に発見され、大きな注目を集めています。しかしながら、特殊な結晶対称性の下でなぜ超伝導が発現するかは明らかになっていませんでした。
本研究では、CsV3Sb5とそれに少量のNb(ニオブ)を添加して超伝導転移温度(Tc)を上昇させたCs(V1-xNbx)3Sb5について、その電子構造を角度分解光電子分光(ARPES)(注7)という実験手法によって調べました(図2)。CsV3Sb5の電子構造は空間的に不均一、かつ、似通った運動量やエネルギーを持つ電子軌道が数多く存在するという複雑さを有します。従来のARPES技術では空間・運動量・エネルギーの分解能が十分ではなかったため、このような複雑な電子構造を精度よく調べることは困難でした。KEKフォトンファクトリーの放射光を利用して高い空間分解能と運動量分解能を実現した「マイクロARPES」と分子科学研究所UVSORの「光電子運動量顕微鏡」という二つの新しい装置、および、東北大学に建設した「超高エネルギー分解能ARPES装置」(図3)を相補的に用いることで、全ての電子軌道を分離して直接観測することに成功しました(図4)。これにより、電子構造とTcの関係について系統的な研究が初めて可能となり、Vの電子とSbの電子が協力して超伝導を引き起こすことを突き止めることができました。これまでCsV3Sb5の超伝導機構について多くの理論モデルが提案されていますが、そのほとんどはV原子の電子軌道のみを考慮したものでした。今回の成果は、V電子とSb電子の協調関係という新たな効果を示したものであり、超伝導機構の最終解明に向けて重要な手掛かりとなります。
論文情報
論文タイトル:Fermiology and Origin of Tc Enhancement in a Kagome Superconductor
著者:Takemi Kato, Yongkai Li, Kosuke Nakayama, Zhiwei Wang, Seigo Souma, Fumihiko Matsui, Miho Kitamura, Koji Horiba, Hiroshi Kumigashira,
Takashi Takahashi, Yugui Yao, and Takafumi Sato
DOI:10.1103/PhysRevLett.129.206402
用語説明
竹籠の編み目状に原子が配列した結晶構造のことを指します。カゴメ格子は70年以上前に理論的に提案された構造で、幾何学的対称性と物性の関係が注目されてきました。近年、カゴメ格子を持つ現実の物質がいくつか発見され、特異な物性について実験と理論の両面から盛んに研究が進められています。
電子間のスピン(注3)を逆向きに揃える相互作用が働くとき、正三角形に整列した電子同士のスピンを全て逆向きに揃えることはできません。具体的には、図1(a)でA、Bと記した位置にある電子がそれぞれ上向きと下向きのスピンを持つ場合、Cの位置にある電子のスピンは、上向きか下向きのどちらになってもAまたはBの電子スピンと同じ向きになってしまいます。このように幾何学的な配置によって不安定な状態が生じることをフラストレーションと呼びます。カゴメ格子は正三角形を構成要素としているため、幾何学的フラストレーションの効果が強く現れます。
電子には自転とみなせるような性質があり、スピンと呼ばれています。スピンによって磁石の性質が現れます。スピンには上向きと下向きの2種類の状態があります。
図1(b)に示すように、カゴメ格子を組むV(バナジウム)原子の間にSb(アンチモン)原子が埋め込まれた二次元シートと、Sb原子あるいはCs(セシウム)原子が蜂の巣状に配列した二次元シートが積み重なった層状構造を持つ物質です。超伝導に加えて、電荷の秩序や液晶と類似する電子秩序など、興味深い性質が次々と発見されています。
電気抵抗が低温でゼロになる現象です。多くの物質で超伝導が発見されており、そのほとんどは、BCS理論と呼ばれる、電子と格子の相互作用を基礎にしたモデルで理解できます。しかし、高温超伝導などの一部の例外と同様に、カゴメ格子における超伝導は、電子と格子の相互作用だけでは説明できない可能性が指摘されており、詳細なメカニズムの解明が重要な課題となっています。
炭素が蜂の巣のような六角形の網の目状につながったシート状の物質です。黒鉛(グラファイト)を、非常に薄く剥がすなどして得ることができます。グラフェン内の電子は、ディラックコーンと呼ばれる特殊な電子状態(エネルギーと運動量の関係)を持ち、その結果、相対論的効果を取り入れたディラック方程式で記述される運動に従います。この物質内におけるディラック電子は、あたかも質量がゼロ、もしくは非常に小さい粒子のように振る舞い、さらに物質内の欠陥などに散乱されにくいという性質を持っています。そのため、グラフェンは高い電気伝導性や熱伝導性を示し、非常に少ない電力で動作する超高速電子デバイスへの応用が展開されています。
結晶の表面に紫外線を照射して、外部光電効果により結晶外に放出される電子のエネルギーと運動量を同時に測定することで、物質中での電子の状態を観測する実験手法です。近年、ARPES手法の高度化が進み、電子構造の実空間依存性の決定も可能になってきました。その手法の一つがマイクロARPES(図2および図3左図)で、ミクロン単位に集光した紫外線を照射することで、微小領域の電子構造観測が可能です。もう一つの手法が光電子運動量顕微鏡(図3右図)で、光電子を検出する電子分析器(図中心部の半球型装置)に顕微鏡機能が搭載されています。
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助教 中山 耕輔 (なかやま こうすけ)
電話:022-217-6169
E-mail:k.nakayama*arpes.phys.tohoku.ac.jp
教授 佐藤 宇史 (さとう たかふみ)
電話:022-217-6169
E-mail:t-sato*arpes.phys.tohoku.ac.jp
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東北大学大学院理学研究科
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