連載インタビュー 未来を射る光 02
ミクロの世界の観察を、
持続可能な社会づくりへ。
持続可能でよりよい世界を目指す国際的な開発目標SDGs(Sustainable Development Goals:エス・ディ・ジーズ)の理念の浸透と実践が力強く進められている。構成される17の目標(※加えて169のターゲットがある)のなかに「14.海の豊かさを守ろう」がある。海洋汚染の主要因として挙げられているのが、大量に流入するプラスチックだ。世界では脱プラスチックに向けた規制が加速しているが、「タイヤの摩耗カス」が海に漂うマイクロプラスチックの重要な供給源となっていることはあまり知られていない(イギリス環境・食糧・農村地域省(Defra)などの報告による)。一方、カーボンニュートラル、脱炭素化社会の実現を目指し、電気自動車の普及が急がれているが、EV化によって車の特性が変わり(強力なトルクの立ち上がりや重いバッテリー)、タイヤが早く摩耗する可能性があることも示唆されている。
タイヤの破壊、摩擦、摩耗の制御のためには、そのメカニズムを詳細に知る必要がある。微視的な観察や評価はまた、高摩耗耐性、長寿命といった材料の改良や新材料開発につなげることもできよう。「ミクロの世界におけるタイヤゴムの破壊」という目には見えない過程と様子を、世界最高速を誇る独自の4D-CT(4次元X線CT)技術を駆使し撮影したのが矢代航教授である。「私たちは幅・奥行き・高さという指標を持つ3次元に時間を加えた4次元時空に生きています。マイクロメートル以下かつミリ秒以下の4D時空間領域には、最先端の計測テクノロジーでもアクセスできない、つまり誰も到達したことのない、見たことのない世界が広がっています。私たち研究グループはこれまでの限界を大きく超える新しいイメージング技術を開発し、4D世界のフロンティアを探究しています」と矢代教授。
タイヤゴム破壊は、実際にタイヤを使用している様々な速度での撮影が要求された。しかし、従来の4D-CT法では、鮮明な画像が得られない。課題となったのが撮影スピードの高速化だ。一般に、X線CTをはじめとするX線イメージングにおいては、空間分解能※1と時間分解能※2はトレードオフの関係にある。どちらかの感度を追求すれば、片方が犠牲にならざるを得ない。矢代教授は、光源に大強度(高輝度)X線を用い、X線が物体を透過したときの位相のシフトを利用した高感度なイメージング法である回折格子干渉法により、従来手法の約1,000倍速となる10 ms(ミリ秒)時間分解能、4.5㎛(マイクロメートル)空間分解能を実現。CMOSカメラによる映像は、高速で回転しながら高速伸張により破壊されていくタイヤゴムの様子を細やかに映し出した。
※1 空間分解能:近接する2つの物体を2つのものとして区別できる最小の距離。この値が小さいほど「空間分解能が高い」という。
※2 時間分解能:時間の計測における精度。測定器や観察装置などで、物理量や観察対象の変化を捉える最短の時間間隔。また、その時間変化を識別できる能力をいう。
ミリ秒オーダーの動的3D観察、
世界初の成果。
非破壊で、非常に微視的な領域での動的な振る舞いを見る――つまり4D時空間領域をミリ秒オーダーで計測する方法を開発するのが、矢代教授のミッションだ。繰り返しや再現が不可能な一度きりのダイナミクス(非平衡系)をそのまま観察する。それを矢代教授は「一期一会のリアル系」と表現する。そのためには道具としてのX線をどう使いこなすか、が鍵となる。
ここで矢代教授が開発した“世界最高速の4D-CT(4次元X線CT)技術”について詳説したい。X線CTといえば、医療現場で使用されているCTスキャンでお馴染みだ。現状では最新の装置でサブ秒オーダーを達成しているが、さらに強力な放射光を用いることで、ミリ秒オーダーの時間分解能で内部を3次元的に可視化できることが判明した。しかし、条件が付く。多くの方向から観察対象(試料)を撮影する必要があるため、高速で回転させなければならないのだ。1ミリ秒時間分解能の実現のためには、1分間に3万回転という爆速回転が求められる。生物を始め、流動体や脆く繊細な物体に対しては無理な注文というものだろう。だが…計測技術の創意工夫で回転させずに実現させることは可能だ、と矢代教授は考えた。「光源をマルチ化すれば、多くの方向からの投影像を同時に取得できる」
4D-CTに使うX線はエネルギーが高く制御が難しい。矢代教授は微細加工によりマルチブレード単結晶を作製、この光学素子により放射光をマルチビーム化させることに成功した。そして、得られた投影データを「圧縮センシング」というデータサイエンス技術を活用し、映像として再構成した。2000年代から急速に発展してきた圧縮センシングは、「データの本質を表すような情報は、データ中にわずかしか含まれていない」という考えを基底に、非常に少量の観測結果から復元・再構成を試みるアルゴリズム。ビッグデータを利用したAI(人工知能)とは真逆のコンセプトであることが興味深い。矢代教授によるミリ秒オーダー時間分解能の4D-CTは、世界初の成果として大きな注目を集めた。
高速回転させずに動的3次元観察が可能な4D-CTは、あらゆる試料への適用ができる。生命や物質科学を始めとする広範な学術・研究分野での応用展開が期待される一方、産業界における材料・製品開発、ひいては技術革新・新価値創造を推進する原動力にもなり得る。「見る」技術が果たせる大きな役割を、矢代教授の4D-CT技術が担う。
研究者としての
決意と覚悟を教えてくれた師。
人類が見たことのない世界を見る――矢代教授が掲げる目標は明確だ。研究のスタンスは「チャレンジ」と「スピード」。あえて困難と思える道を選んできた。「挑戦的な試みを続けていかなければ、世界の研究レースに先んずることもできないでしょう」と気負いなく話す。矢代教授は国際的な研究動向を分析し、いまだ誰も達成していない4D-CT可視化の空白地帯をターゲットとする。また、それを明言するのを恐れない。
これまでに研究者への道を照らしてくれた多くの導きがあった。ロールモデルがいて、積極果敢な研究姿勢を涵養してくれた素晴らしい師がいた。「おじが国立の研究機構で研究者として働いていました。思慮深く穏やかな人柄に、憧れに近い気持ちを抱いたものでした。大学院・博士研究員時代にお世話になった高橋敏男先生(1950-、東京大学名誉教授、工学博士。X線表面・界面構造解析の第一人者)、村田好正先生(1935-、東京大学名誉教授、理学博士。表面物理学のパイオニア)の言動は、私の研究者としての成り立ちに大きな影響を与えたと思います。村田先生は『人よりも先に失敗するのが研究だ』とよくおっしゃっていました。その言葉に研究者としての決意と覚悟を感じたものです」。矢代教授は続ける。「X線を使った計測法は、元はといえば海外から輸入されたものでした。日本はそれを向上・洗練させることには長けていますが、まったく新しいものを発明したり開発したりという新規・独創力は少し弱いのかなと感じています。もちろんイノベーションを推進させる取り組みも多くあり、若手研究者たちの頑張りもありますが、失敗を許さない風潮があり、思い切ったチャレンジの足かせになっているのではないかと危惧しています」。転んでも立ち上がることに意味と意義があると矢代教授は語る。
そして今、新しい挑戦の舞台、次世代放射光施設が建設中だ。本施設は、国内最高性能を誇る大型放射光施設「SPring-8」(兵庫県)よりもひと桁明るいシンクロトロン光が得られるという。「現在、ミリ秒オーダーの時間分解能を達成していますが、本施設を利用することで、0.1ミリ秒オーダーが狙えます。計測は、施設(光源)の性能にも左右されますが、X線光学素子が限界を決めている面もあります。4D-CT技術の最前線のその先をゆく研究に取り組んでいきたいですね」。研究への向き合い方は研究者それぞれだ。矢代教授は、世の中の役に立つ研究、喜んでくれるような研究で、人びとを驚かせたいと語る。「以前は、研究というのは、難しい問題…例えばパズルのようなものを解く営為だと考えていました。今は、説いたパズルのその枠を超えていかなければと思っています」。3次元+時間、一期一会のリアルな世界へ、矢代教授が水先案内人である。