連載インタビュー 未来を射る光 03
ダイヤの合成に、
科学の基底を成す
定理・法則をみる。
遊び相手はラジコン※1。幼稚園に通っていたころの記憶だ。少し大きくなるとガソリンエンジンを搭載した本格的なラジコンヘリコプターに替わった。自ら手を動かして製作し、始動と飛行のフィードバックを基に、調整や改良につなげていく…それがとても楽しかったと西堀麻衣子教授は語る。「父の影響で買い与えられたおもちゃがラジコンだったというわけですが、私自身、本を読んで深く思索するというよりは、あれこれと工夫しながらものをつくることが好きでしたし、得意でもありました。小学校の時は『将来は理科を勉強するんだ』と思っていましたね」。工学や機械系という学問・技術領域をまだ知らなかった頃のことだ。
しかし、ただ一度の出来事や経験がその後の進路を変えることもある。西堀教授、高校3年生の時だ。「担任の先生から『大学の研究室の見学に行ってみないか』と言われ、促されるまま高校の隣りにあった大学の理学部地球科学科を訪れました。そこにはダイヤモンドの合成をテーマとして掲げている超高圧研究室があり、レクチャーを受けたのですが、それがとてもおもしろかったのです。衝撃を受けたと言っても過言ではありませんでした」
ダイヤモンドは無色透明(色みを持つものもある)で硬度が最も高い鉱物だ。古今東西、そのキラキラとした輝きで人々を魅了してきた。だが、化学的にみれば、ありふれた鉛筆の黒い芯(黒鉛)と同じだ(炭素Cの同素体)。炭素同士の結合の仕方、つまり価電子の数の違いが、まったく異なる性質、見た目を生み出す。「“なぜ”に解を与えてくれる原理原則。科学の基底を成している理論・定理・法則を知れば、応用も利くし、もっと世界が広がるのではないかと思いました。ダイヤモンドをつくってみたいという単純な動機もありました(笑)」。興味は、工学・機械系から物質化学へと移っていく。
大学への入学を果たし、卒業研究では“ダイヤモンド合成”研究室に配属された。見事な初志貫徹である。「超高圧研究室で研究ができるとわかった時は、大学に合格した時以上にうれしかったですね」。しかし…と付け加えれば、実は希望していたダイヤモンド合成の研究に携わることはできなかった。当時、西堀教授が取り組んだのは、地球深部の物質の構造と性質を探る試みであった。だが期待外れと思う間もなく、「世界初」の発見を果たす研究フィールドに身を置くこととなる。それは同時に放射光との出会いでもあった。
※1 「ラジコン」は(株)増田屋コーポレーションの登録商標
熱気と興奮に満ちて。
放射光を用いた世界初の発見。
私たちが暮らす地球の内部は、いくつかの層に分かれている。表面から地殻と呼ばれる薄い層、マントル(上部ならびに下部)、続いて中心部の核(外核および内核)である。中心部までの深さは約6400㎞であるが、人類が達成した深度掘削はわずか12㎞程度だ(科学掘削では約7.7㎞(海底下約3.2㎞)。2018年12月日本の地球深部探査船『ちきゅう』が世界記録を更新)。地球深部は未知なるフロンティア、その最たるものだ。
「私が大学院修士課程で取り組んでいたのは、超高温高圧な地球深部の環境を人工的に再現し、観察・考察を続け、誰も見たことのない世界を“想像”し、わかりやすく記述することでした。創造ではなく、思い描くほうの想像です。ロマンがあるといえなくもないのですが、学問研究としてはとても難しいものがありました」と西堀教授。地球の組成を明らかにすることは、地球成立の過程や、生命の誕生・進化の理由といった科学分野の根本的な疑問を解き明かすことにつながる可能性があるとされる。しかし、”想像”の正しさを担保する手段がない。潮目が変わるのは1997年、大型放射光施設SPring-8(兵庫県)の登場によってだ。
地球内部の環境を再現した高温高圧実験では、実験試料を高圧セル内に封入して圧縮するため、中の様子をうかがい知ることができない。観察を可能とするのが放射光の強力なX線。「動作条件下でその場の」振る舞いをみることができる。まさに”光の眼”である。当時、西堀教授が所属していた研究グループは、SPring-8の高温高圧ビームラインを用い、マントルの主要鉱物(かんらん石)が24万気圧、2000℃という条件下で、構造転移する様子を世界で初めて直接観察することに成功した。成果は最も権威ある学術雑誌の一つ『サイエンス』に掲載され、多くの注目を集めた。西堀教授は語る、「いまでは“常識”となっている知見です。これはSPring-8のこけら落としの実験で、このブレイクスルーにより放射光の可能性と施設の存在が広く知られるようになりました。私は学生の身分でしたが、世界初の発見に至るまでの熱気、興奮、高揚感を味わえたことは貴重な体験でした」。大学院修士課程修了後は、SPring-8でユーザー(大学・研究機関や企業)対応に勤しむこととなった。様々な「見たい」要請に応えるため、扱いの難しい高輝度放射光の活用方法やデータの解析を洗練させ、さらに各専門家との協働の方法なども探った。それから4半世紀を経て、現在は仙台の地で次世代放射光施設の立ち上げに臨む。放射光は奇縁(不思議なご縁)を照らす光にもなっているようだ。
高度な要請に、
多様なキャリアで培われた
知識と経験で応える。
放射光を基軸に多様なキャリアを重ねてきた西堀教授。博士号を修めたのちは、国立の研究機関で機能性デバイス(触媒反応と熱電交換技術を融合させたガスセンサー)の開発に7年間携わった。「この研究機関では、産業界や社会への還元、技術移転がミッションとされていましたが、新しい技術を社会実装させることの難しさを体感しました」と西堀教授。技術シーズから開発ステージの間に存在する「魔の川」、開発段階と事業化を隔てる「死の谷」が、新しい価値を生むイノベーションの前に大きく立ちはだかる。この経験があったからこそ、産業界側からの視点を持ち得たとも語る。
「応用研究に遠いと思われていた放射光もその能力や使い勝手が知られるようになり、技術開発、新材料創製、製品の性能向上などに役立てたい、ひいては微視的な世界での挙動を見たいという要請が高まってきました。経験則に頼っていたものづくりの機序を明らかにすることもできます。また、医薬品などを国際展開する際、相手国の審査基準をクリアするために放射光による測定データが必要というケースもあります」。2023年稼働開始予定の次世代放射光施設は産業界や地域に開かれた施設として、技術革新や産業振興を力強く支援するという姿勢が明示されている。西堀教授は続ける、「放射光で見ると一口で言っても、装置をどう使うか、どこまで見るのか、データをどう解釈するかという選択と集中を成していかなければなりません。ここで気を付けなければならないのは、可視化と理解は違うということです。また、先進技術などを扱う以上、知的財産をどう保護するのかといった高度でデリケートな問題もあります」。西堀教授の高い専門性と豊かな経験が、課題多き道を先導していく。
自身の研究では、ハイブリッドナノ材料など新奇な構造と機能を持つ先端材料を、放射光を用いて可視化し、新しい原理の発見を目指したいと語る。「ナノオーダーという微視的なスケールでの観察・解明が、実用化につなげることで巨視的な変化や影響として表れるというのも、とても興味深いことですね。縁の下の力持ちらしい、材料ならではの働きぶりだと思います。東北大学は材料分野における伝統と実績、国際的競争力を持っています。次世代放射光施設を駆使することで、さらに前進させることができるのではないでしょうか」。何よりも放射光による観察でわからなかったことがわかる、真実に近づくことが研究の醍醐味と語る西堀教授。未知なるものへの探究心、その原点はダイヤモンドの合成に驚いていた高校生の頃の「わたし」である。