研究成果・プレスリリース
【プレスリリース】光合成を担う“ゆがんだイス”型の触媒が、 水分子を取り込む瞬間をナノ秒レベルで捉えることに成功! ~人工光合成の実現へ大きな一歩~
発表のポイント
- 光合成では、光化学系II[1]と呼ばれる膜タンパク質複合体が光エネルギーを利用して、水分子から酸素分子を生成しています。
- フェムト秒X線自由電子レーザー[2]を用いて、光化学系IIの“ゆがんだイス”型の触媒が水分子を取り込み、酸素分子生成の準備が完了するまでの一連の動きを捉えることに成功しました。
- 本研究成果は、光合成で水分子から水素イオンと電子を取り出す仕組みの解明だけでなく、光で水を分解するための人工光合成触媒の設計にも重要な指針を提供するものです。
光合成は、光化学系IIが光エネルギーを利用して水分子から電子と水素イオンを取り出し、酸素を形成する反応から始まります。岡山大学異分野基礎科学研究所の沈建仁教授、菅倫寛教授は、東北大学多元物質科学研究所の南後恵理子教授(理化学研究所放射光科学研究センター チームリーダー)、高輝度光科学研究センターの大和田成起主幹研究員(理化学研究所放射光科学研究センター 客員研究員)、兵庫県立大学大学院理学研究科の久保稔教授らと共同で、光化学系IIの結晶に可視光を当てて反応を開始させた後に、X線自由電子レーザー施設SACLA [3]のフェムト秒X線を用いて、光化学系IIの“ゆがんだイス”型の触媒が水分子を取り込み、酸素分子生成の準備が完了するまでの一連の動きの立体構造をナノ秒(1ナノ秒は10億分の1秒)からミリ秒の時間スケールで捉えることに成功しました。その結果、光化学系IIの内部では、タンパク質、水分子、集光色素などがオーケストラのように協奏的に働き、水の移動や水素イオンの排出を進行させることがわかりました。この働きによって運動性が高まった水分子が、触媒に過渡的に結合した後、その内部へと取り込まれていく様子が初めて観測されました。これらの結果は、光合成において酸素分子が形成される反応の仕組みを明らかにするものです。特に、酸素の材料となる水分子が、いつ、どこを通って触媒まで到達するのか、という疑問に答えるものです。本研究成果は、英国時間1月31日午後4時(日本時間2月1日午前1時)、英国科学誌「Nature」に掲載されます。 本研究で明らかになった酸素分子を形成する仕組みは、光エネルギーを利用して水から電子と水素イオンを取り出して有用な化学物質を作り出す「人工光合成[4]」の技術を開発するための重要な知見を与えると期待されます |
発表内容
光化学系IIは、光エネルギーを利用して非常に安定な水分子から電子と水素イオンを取り出す反応を温和な条件下で触媒する巨大な膜タンパク質複合体です。これまで沈教授、菅教授らのグループは光化学系IIの高い品質の結晶を用いて、放射光施設SPring-8の強力なX線や、X線自由電子レーザー施設SACLAの強力なX線パルスにより、その構造を2011年および2015年にそれぞれ解析して、水分子を分解する触媒部分の正体はマンガン(Mn4CaO5)クラスターで“ゆがんだイス”の形をしていることを英国科学誌「Nature」に報告してきました(図2)。触媒が“ゆがんだイス”の形をしているのはタンパク質の内部に存在しているためであり、S状態と呼ばれる反応サイクルの途中で触媒の形が変化して酸素分子を形成するためと考えられています。沈教授、菅教授らは2017年および2019年にS3やS2状態と呼ばれる反応中間体や酸素分子を形成する直前の状態の構造を解析し、基質である水分子を取り込んだ後の触媒の様子を捉えることに成功し、英国科学誌「Nature」と米国科学誌「Science」にそれぞれ報告してきました。
わたしたちが普段目にしている世界を高速カメラで見ると、全く違うものに見えることはよくあることです。例えばドライブレコーダーの映像ではLED信号機の光が点滅しているように見えます。これと同じで、これまでの解析は触媒に水分子が取り込まれた後の「準安定」な姿を捉えたものであり、その途中に何が起こっていたのかはわかりませんでした。従って、反応の途中に酸素の材料となる水分子がいつ、どこを通って触媒まで到達するのかも不明でした。また巨大なタンパク質の内部をとても小さな電子が高速で移動する瞬間や、化学結合が形成される瞬間において、タンパク質がどのように動く(振る舞う)のかということは一般的によくわかっていません。しかし、持続時間が数十フェムト秒(1フェムト秒は1000兆分の1秒)のX線自由電子レーザーのX線パルスを用いれば、タンパク質の動きを高速カメラのように捉えることが可能となります。
これにより、巨大な光化学系IIの内部では、電子の流れに呼応して、タンパク質、水分子、集光色素などがオーケストラのように協奏的に働き、ドミノ倒し的に相互に作用を伝えることで、水の移動や取り込み、水素イオンの排出が進行する様子が観測されました。また、これらの働きによって運動性の高くなった水分子が、“ゆがんだイス”の中のカルシウムイオンに過渡的に結合した後に、触媒内部へと取り込まれていく様子が初めて観測されました。
本研究の成果により、これまで謎であった、酸素分子が形成されるために必要な詳細な過程が明らかとなりました。これは、太陽の光エネルギーを利用して水分解反応を人工的に実現する触媒の設計に重要な情報を提供するものです。この反応を模倣する「人工光合成」が実現すれば、太陽の光エネルギーを利用して水から電子と水素イオンを取り出し、有用な化学物質を高効率・低コストで作り出すことが可能となります。このような「人工光合成」の技術は、エネルギー問題、環境問題、食糧問題を解決しうる重要なものであると期待されています。
全20個のタンパク質からなる複合体が2つ集合して1つの構造をとり、水分子から水素イオン(H+)と電子(e-)を取り出して酸素分子を形成する反応を触媒する。赤丸で囲んだ部分に反応を進行させる触媒があり、これは右側に拡大するようにゆがんだイス型のマンガンクラスターである。
論文情報
論 文 名:“Oxygen-evolving photosystem II structures during S1-S2-S3 transitions”
「酸素発生サイクルS1-S2-S3遷移での光化学系IIの構造」
掲 載 紙:Nature
著 者:Hongjie Li, Yoshiki Nakajima, Eriko Nango, Shigeki Owada, Daichi Yamada, Kana Hashimoto, Fangjia Luo, Rie Tanaka, Fusamichi Akita, Koji Kato, Jungmin Kang, Yasunori Saitoh, Shunpei Kishi, Huaxin Yu, Naoki Matsubara, Hajime Fujii, Michihiro Sugahara, Mamoru Suzuki, Tetsuya Masuda, Tetsunari Kimura, Tran Nguyen Thao, Shinichiro Yonekura, Long-Jiang Yu, Takehiko Tosha, Kensuke Tono, Yasumasa Joti, Takaki Hatsui, Makina Yabashi, Minoru Kubo, So Iwata, Hiroshi Isobe, Kizashi Yamaguchi, Michihiro Suga*, Jian-Ren Shen*
DOI:10.1038/s41586-023-06987-5
URL:https://www.nature.com/articles/s41586-023-06987-5
*責任著者:岡山大学異分野基礎科学研究所 菅倫寛教授、沈建仁教授
研究資金
本研究は、日本学術振興会・科学研究補助金「特別推進研究」(課題番号:JP22H04916)、「新学術領域研究(研究領域提案型)」(課題番号:JP17H06434、JP19H05777、JP19H05784、JP20H05446、JP22H04754)、「基盤研究B」(課題番号:JP20H03226、JP23H02450)、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)(課題番号:JPMJPR18G8)、日本医療研究開発機構・創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム(課題番号:JP21am0101070)等の支援を受けて実施しました。
補足・用語説明
光合成を人為的に行う技術のこと。ほぼ無尽蔵に供給される太陽光を利用して、地球上に豊富にある水を分解して水素ガスやその他の有用化合物を作ることができる。地球温暖化に対する環境負荷が大きい二酸化炭素の放出を伴わない、あるいは二酸化炭素を他の有用な化合物に変換することができるので、クリーンで再生可能なエネルギー源として注目されている。
関連リンク
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教授 菅 倫寛 (すが みちひろ)
TEL:086-251-7877
E-mail:msuga*okayama-u.ac.jp
TEL:086-251-8502
E-mail:shen*cc.okayama-u.ac.jp
教授 南後 恵理子(なんご えりこ)
TEL: 022-217-5344
E-mail:eriko.nango.c4*tohoku.ac.jp
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